現代ビジネス掲載

TOEIC満点でも英語が話せないのはなぜ?言語学者がたどり着いた英会話学習「6つの実践法」とは 池田流「脱TOEIC」のススメ

「私も話せませんでした」


「留学や海外駐在の経験がない日本語ドメスティックで生活・仕事してきた人が、TOEICのスコアをバロメーターにしても実践的な英語力の上達にはほとんどつながらない。国内で勉強してTOEIC800点を取りながら、英会話をできない人はたくさんいます

こう説明するのは、長年、英語教育に取り組んできた大阪観光大学国際交流学部准教授の池田和弘氏だ。

日本企業は英語の公用語化を推進し、大学でも英語の授業が増えている。実践的な英語力向上はグルーバル化の加速と共に不可欠になりつつある。 TOEICのスコアが採用時や昇進時の一定の基準になっているケースも少なくない。池田氏の指摘は、ビジネスマンあるいはこれから社会人になる人にとって は重い意味があるだろう。

池田氏は京都大学を卒業後、大阪大学の大学院で言語学を学んだ。民間の教育機関や産学連携の拠点である阪大フロンティア研究機構などを経て現職にあ る。『SUPER REPEAT方式 こうすれば速く覚えられるTOEICテストの英単語』(日本実業出版社)など累計60万部以上出した実績を持つ。

ところが、氏自身がTOEIC955点、国際的な英語資格「国連英検特A級」の英語力を持ちながら「ネイティブ並みに文章は書けても、ネイティブ並みに英会話力が向上しない」ことを問題と感じて、それを長年の研究テーマにしてきた。

そして、「英語は、日本語を活用すれば学習効果が何倍にも上がる」、「話す力と聞く力を切り離して考えれば実践的な英会話力が付く」という2つの結論に至った。


読めない英語は覚えられない


まず、日本語を活用することについて池田氏はこう説明する。「人間の脳は、コンピューターと違って単純な記憶作業が苦手ですが、①場面などで繋がり合ったストーリー性のある情報を覚えるのは得意です。一例を挙げると、インパクトのある映画であれば、上映時間が2時間の長さでも、細かいところまで記憶しています。2時間の映画の情報量は約2ギガバイトあり、書籍ならばほぼ120冊に相当する量です」

幼児が言葉を覚えていくのも、自分が体験している空間の中で関連付けて言葉を覚える。玄関で父母を見送り、迎える時に、「いってらっしゃい」「ただいま」という言語を覚え、その状況と関連付けて「靴」「お散歩」「お外」といった言葉も覚えていく。それと同じだ。

このため、池田氏の英語教育の指導は、一連の楽しいストーリーを作って日本語と場面を使って覚えていく手法を取る。英語力上達では欠かせない単語習得でも日本語を徹底活用する。

たとえば、こんな感じだ。「ある市議会議員選挙において大規模なimpropriety(イムプゥロプライエティ、不正)がsurface(サー フィス、表面化する)し、thorough(サーロウ、徹底的な)なinvestigation(インヴエスティゲイシャン、調査)が行われた」。

実際の池田氏の書籍では、左側にカタカナで読み方を示した英単語が混じった日本語の文章を、右側に英単語を抜き出して発音記号や意味をそれぞれ表記している。左側の日本語の文章を読みながら単語を頭に入れ、右側の単語だけを見ても意味が分かるように配列している。②「読めない漢字を覚えられないのと同様に、英語も読めないと覚えられない」と池田氏は言う。こうした手法は、海外経験がない、「日本語脳」で固まった人にも有効かもしれない。

さらに池田氏は③「日本語で理解できないものは英語では絶対に理解できない」とも指摘。たとえばドメスティックな経験しかなく、英語力の乏しいエンジニアやビジネスマンが自分の仕事に関する最新の情報を英文で読まなければならない事情が差し迫った場合、バックグラウンドの情報や知識について、まずは日本語で精通することが求められるという。

キータームの意味を理解できなければ、その分野の英文の意味は分からないからだ。日本語ですら自分の担当分野の最新情報を集める能力がないのに、英語で情報を集めることはできないのである。



「聞く」と「話す」の間にある溝


「言葉は脳の中の複雑で巨大なネットワークの中に存在している。そのネットワークをうまく活用して英語とつなげていくことが、『日本語脳』の人に とっては重要」と池田氏は語る。これは、仕事力の向上はそっちのけで、英語力の上達に血眼になっている、いわゆる「英語ができるバカ」への警鐘でもある。

次に実践的な英会話力向上のための「話す力と聞く力を切り離すこと」について池田氏はこうたとえる。「日本人が日本語で感動する講演を聞いても、それと同じようには喋れません。その理由は、④聞く力(受信力)と話す力(発信力)は似て非なるもので、両者の間には一種の溝のようなものも存在しているからです」。

ドメスティックに勉強した人がTOEICで800点クラスに到達しても、なかなか思うように英語を話せないのは、TOEICが聞き取りに重点を置いているからである。これは、英会話の勉強を少しかじった人なら突き当たるひとつの「壁」でもある。

ところが、この点は英会話習得の上の盲点となっており、既存の英会話教材や英会話教室は、両方を区別して教えない傾向にある。

池田氏の教育手法はリスニングとスピーキングを区別して教えることに特徴がある。⑤リスニングは受動的で、ネイティブスピーカーから容赦なく早いスピードで言葉が投げかけられる。このため、しっかりと「ポーズ」を入れた特殊なスロー音声を使うことにより、確実に聞き取れるように工夫する。つまり、「しっかりとつかむ → ネイティブの速度に慣れる」というステップが重要なのだ。

これに対して、スピーキングは能動的。自分の意志でコントロールできるため、短い骨格となる英文を多く覚えて、それを組み合わせながら発信する力を養っていく。池田氏はネイティブが話す長い英語を覚えて喋ろうとすることが間違いの元。そもそも覚えるのが大変なうえ、たとえ覚えたとしても自在に使えない」と説明する。



 いまは異端かもしれないが


これまで説明してきたような問題意識を踏まえて池田氏は今春、新しい英会話教材「リッスントーク」を開発した。英会話学校や教材開発を展開するベン チャー企業エリフェット(大阪府豊中市)も協力した。エリフェットは池田氏の理論を「臨床的」に試して成果を確認してきたという。

「リッスントーク」は、エリフェットが運営する教育サイト「ブライトエッグス」(http://bright-eggs.com)を通じた販売となり、CDとテキスト一式で2万8800円。無料電話相談や学習効果をチェックできるオンラインレッスンなども用意されている。


「学習者に優しいということも、私が30年以上英語教育に携わる中で大きなテーマでした。新開発の教材はそれを徹底するとともに、海外経験のない非ネイティブにとっての英語の実用性とは何かを意識しました」と池田氏は説明する。

池田氏の英語教育手法は現状では「主流」ではないかもしれない。しかし、「異端妄説」という言葉もある。将来主流となる話や真実は、本流ではない異端者の思想に宿っているという意味だ。「脱TOEIC」とも言える英語教育の今後が注目される。